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米トランプ政権が各国に仕掛ける通商ルールの見直し攻勢には、ほとんどの国が渋々応じている。北米自由貿易協定を見直したばかりのカナダ、メキシコもそうだ。
その新協定に盛り込まれたのが「為替条項」だった。自国産業のために意図的に通貨安に誘導するのを封じる取り決めだ。貿易協定に盛り込まれるのは異例である。
米以外の国からこの条項の評判はさんざんだ。当然だろう。各国の為替政策や金融政策の手をしばりかねず、おまけに米国が干渉してくる口実を与えかねない。
ムニューシン米財務長官は来年から始まる日米新交渉でもこの条項を求める意向を表明している。日本にとっては1985年のプラザ合意の悪夢がよみがえるような話だ。
1ドル=230円台からわずか1年で一気に150円台まで円高ドル安が進んだ。これがバブル経済とその崩壊の遠因になったといわれている。
もちろん日本政府は対米交渉で「意図的な通貨安政策はとっておらず、そんな条項は無用」と反論したいところだ。だが米側の言い分にはそれなりに根拠がある。安倍政権も経済界もかねて「アベノミクスと異次元緩和が円安・株高をもたらした」と評価し宣伝してきたからだ。
黒田東彦総裁のもとで日銀が異次元緩和を始めたのは、2013年春。前年夏まで1ドル=80円を突破していた円高は、13年末に100円台まで戻す。輸出企業の業績が伸び日本経済は好転した。それもアベノミクスのおかげ、というのが政財界の定説である。
もしそれが本当なら米政府が「露骨な通貨安政策はやめてもらいたい」と日本に迫ってきても仕方はない。
だが、その定説は誤りだ。超円高が円安へ転換したのは異次元緩和がスタートする半年も前の12年秋だった。アベノミクスや異次元緩和は、円安基調が始まったタイミングで偶然に登場したのだ。
もっと緻密(ちみつ)に潮目の転換点を探ろう。すると浮かび上がるのが12年7月。主要通貨の総合水準を示す実効為替レートの推移がそう示している。この月に何があったのか。
白川方明・前日銀総裁が近著「中央銀行」で解き明かしている。欧州中央銀行のドラギ総裁が「ユーロを守るためなら何でもやる」と宣言した。それが転換点だった、というのが白川説だ。
そこからユーロ債務危機が急速に収束、リスクが縮小した世界経済も好転する。しかも当時の日本は大幅な貿易赤字。福島第一原発事故の影響で国内の全原発が止まり、火力発電を動かす原油や液化天然ガスの輸入増を余儀なくされていた。
円安になったのは自然の流れだった。
誤った歴史認識のままでは誤った政策対応を繰り返す。さて、対米交渉に臨む安倍政権。あくまでアベノミクスの名にこだわるのか。円安に効果がなかったと説明し、見当違いの為替条項を蹴るのか。(編集委員・原真人)
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