https://digital.asahi.com/articles/DA3S14635560.html
思ったこと言う?言わない? 日本的美学、問いかける 石井監督「生きちゃった」
香港国際映画祭と中国の映画会社が出資し、台湾の蔡明亮(ツァイミンリャン)らアジアの監督6人がそれぞれ1本の映画を作る。お題は「原点回帰」と「至上の愛」――。このプロジェクトに日本から石井裕也監督が参加。仲野太賀主演で「生きちゃった」を完成させた。10月3日から東京で公開される。
石井監督は作品の構想を、2019年の上海国際映画祭の審査員をしている時に練り上げた。「アジアの若い監督の映画を浴びるように見ているうち、日本という国に思いをはせ、日本の現状を映画にすべきだと感じました」
テーマはずばり「思ったことを言うのか、言わないのか」。山田厚久(仲野)と奈津美の夫妻、そして親友の武田は幼い頃からつるんでいる。今、奈津美は夫の愛に疑問を抱いており、浮気に走っている。その現場を夫に目撃され、奈津美は離婚を切り出す。
開き直った奈津美が厚久にぶつける言葉がすさまじい。見ている観客までが苦しくなる。「奈津美のよりどころは愛です。社会常識なんか、彼女からすれば無意味なんです。愛であれ仕事であれ、よりどころのためには、人は容易に最強のマインドになると思う」
自分の思いをビシビシぶつけてくる奈津美を、大島優子が魅力的に演じる。「にらみつけ方が美しいですよね。あれこそが人間の美しさじゃないかと思います」
一方の厚久は言葉をのみ込む。思いを口にしない、非常に日本人らしいタイプだといえる。「こういうところが日本的なるものの素晴らしさでもあり、弱点でもあると思うんです。愛に関しては、すべてを口にする西洋的な価値観に賛同できない部分があります」
自分の意見をはっきりさせない美学は、政治の場面になると、大抵がマイナスに作用する。「愛とは違って、政治的発言を控えるのは卑怯(ひきょう)ですよね。言うべきか言わざるべきか。二つの価値観が僕の中では衝突し合っています」
ただし、映画を使って、具体的な政権批判をするのは「自分の係ではない」という。「表に出ている部分ではなく、地中に潜っている人間存在の問題から、今の日本社会をきちんと捉えうるかが映画の勝負どころだと思います。それをエンターテインメントにどれだけ忍び込ませられるか。今回は特にそこに留意しました」